八千草薫 夫の待つ天国へ 生き様に感銘・すい臓がん肝臓がんの闘病生活

「日本のお母さん」女優 八千草薫さんがすい臓がんの為、88歳で死去されました。乳がんの発症からすい臓がんへ転移。肝臓がんも患った過酷な闘病生活も死を覚悟し最後までかっこよかった生き様をご紹介します。


八千草薫さん夫の待つ天国へ

昭和の名女優、宝塚の美人娘役トップスターから数々の名作ドラマや映画出演した女優の八千草薫さん。

ガンと闘かい88歳で夫の待つ天国へと旅立ちました。


八千草薫さんのプロフィールと闘病の経緯

芸名:八千草薫(やちぐさ・かおる)

本名:谷口瞳(たにぐち ひとみ)

大阪府出身

1947年:宝塚歌劇団入団
1951年:「宝塚夫人」で本格的に映画デビュー
1955年:映画「乱菊物語」で監督の谷口千吉さんと主演女優として出会う
1957年:宝塚脱退。同年19歳年上の谷口千吉監督と結婚

1997年:紫綬褒章 受賞
2003年:旭日小綬章(秋)受賞

2004年:「阿修羅のごとく」で日本アカデミー賞 優秀助演女優賞 受賞

2007年:夫 谷口千吉さんが他界

2017年:すい臓がんで闘病
2019年:2月 肝臓がんで休業発表
2019年:5月 公のイベントで元気な姿を見せる
2019年:10月 すい臓がんのため死去


夫 谷口千吉さんとの結婚生活

19歳もの年の差に加え、谷口千吉さんは2回離婚歴があったことで周囲と特に母親が結婚には反対していたそうですが、愛を貫いた八千草さん。

夫婦生活は夫が亡くなるまで50年も続きました。


登山が趣味だったご夫婦で日本の各地の山を登ったそうです。

結婚して家庭に入るつもりでいた八千草さんに女優を続けるよう後押ししたのも夫の谷口千吉さんでした。



八千草薫さんはどんな女優さんだったの?

清純派の娘役から優しい日本のお母さんまで幅広く演じて来られた八千草さん。

おっとりした印象をお持ちですが、浮気をする主婦などイメージとは真逆の役もこなす名女優です。


若い頃は雑誌の企画で「お嫁さんにしたい女優」1位に何度も選ばれています。

男性が憧れる女優さんだったのですね。


宝塚時代は、「源氏物語」で若紫を熱演し、一躍人気役者へ。

その評判から映画のオファーが絶えなかったそうです。


1954年には「宮本武蔵」がアメリカのアカデミー賞で名誉賞(外国語映画賞)を受賞し海外でも八千草薫の名前が有名になりました。


翌1955年にはイタリアと日本の合作映画「蝶々夫人」で主役の蝶々役に抜擢される世界でも活躍する女優へとスター街道を歩みました。


「独眼竜政宗」「岸辺のアルバム」「わたしの可愛いひと」「雪国」「ハチ公物語」「ゆずり葉の頃」「二十四の瞳」「細雪」「男はつらいよ 寅次郎夢枕」「サトラレ」「交渉人 真下正義」「ディア・ドクター」「ツナグ」「舟を編む」などこれは、ほんの一部ですがたくさんの作品に出演されていました。


八千草薫さんガン闘病生活

最初の病は2017年の「乳がん」だったそうです。

それから「すい臓」に転移しさらに「肝臓がん」にも進んでしまい療養していました。


楽しいことを考えるようにして病気のことは考えないように前向きに闘病生活を送っていたそうです。


八千草さんにとって初めての大きな病でした。

乳がんは「小さながん細胞」で日帰り手術だったそうです。

しかし、その年の12月に人間ドックを受けた際に「すい臓がん」が見るかり、2018年の1月に6時間にも及ぶ摘出手術を受けました。


このころの八千草さんは入院やリハビリの日々も『こういうものだ』と受け入れ気丈に振舞っていたといいます。


仕事復帰をしながら体調には気をつけていたそうですが、2019年1月に熱があり病院にて検査をしたところ「肝臓がん」が見つかりました。

これによりテレビ朝日系昼帯ドラマ「やすらぎの刻~道」のヒロインを降板したことで、闘病する為休業することを公表したのでした。


大好きな仕事、場所だからこそ、迷惑をかけたくないなぁって

と葛藤しながらも休業を選択したそうです。

東京都内の自宅と長野県八ヶ岳高原の別荘などで療養していました。


肝臓がんは「幸いなことにほんの少し」

とおっしゃっていましたが、発表された死因は「すい臓がん」でしたので、肝臓がんは完治したようですが、その後「すい臓がん」を再発してしまったのではないかとのとこです。


2019年5月26日には千葉・森の墓苑で、理事を務める「昆虫の家」除幕式に出席して休養以来初の公の場に参加して約2分間ではありますが、スピーチをされていました。

「今日は本当に良いお天気ですけども。昨日より少し涼しいようにと祈っていましたけどダメでした」


そして、復帰を願っていましたが、10月のある日病状が急変。

亡くなる前日まで普通に食事をし『また明日』とあいさつをしていたそうです。


10月28日に訃報となりましたがすでに親族で通夜・葬儀は済ませているそうですので、亡くなった日は24日午前7時45分。都内の病院で息を引き取られました。


八千草薫さんの生き様がかっこいい

自分の愛を貫き結婚され、子供に恵まれなかったそうですが、50年間おしどり夫婦として愛を育まれ、夫に先立たれてからも精力的に女優業をこなした八千草さん。


自分の「死」が近づいたことを感じたあとも

あ、とうとう来たんだ

と、受け入れ余生を後悔のないように最後まで気丈に上品に人生を歩まれました。


その姿がとてもかっこよく思え感銘を受けました。

これからも出演作品は多くの人の心に語りかけ続けていくことでしょうね。

ご冥福をお祈り申し上げます。


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