和田アキ子さんは、離婚と再婚を経験しています。
子供好きな和田アキ子さんですが、子宮ガンにを患っていました。
子宮全摘出を旦那さんが決めてしまい、当たり散らす日々だったそうです。
それでも病気の和田アキ子さんを支えた旦那の飯塚浩司の愛情がすごかったのでご紹介します。
和田アキ子の結婚歴①元夫 小林甫とのスピード離婚
和田アキ子さんは2回結婚をされていています。
最初の結婚は、1976年 26歳の時に当時のマネージャーだった小林甫さんでした。
結婚前に同棲5年間を経ての結婚でしたが、結婚を機に担当マネージャーから外れたことから生活リズムが合わなくなり8ヶ月で離婚しています。
「あたたかい家庭に憧れ」21歳の時に恋をし、5年の交際を乗り越えての結婚でした。
和田アキ子さんは、芸能界に入る前は「保母さん」になりたいと思っていたほど子供好きだったそうです。
子供を望んていたのに、すれ違いの生活になるなど想像もしていなかったショックは大きかったそうです。

「憎しみ合わないようにいい関係のまま別れたい」
和田アキ子さんはとホリプロの社長に相談し、離婚の道を選び元夫小林甫さんとの離婚会見を行ったのでした。
現在、小林甫さんは坂本冬美さんらが所属する「ティアンドケイ・ミュージック」の代表取締役になっているそうです。
現在も和田さんのディナーショーのプロデュースを手がけるなど、別れても良好な関係を続けているお二人。
大切に想い合っていたからこそですね。
和田アキ子の結婚歴②現在の夫 飯塚浩司との馴れ初め
元夫の小林甫さんとの離婚から5年経った31歳の時に、現在の夫である飯塚浩司さんと再婚されました。
出演したドラマ『ひまわり戦争』でカメラマンをしていたのが飯塚浩司さん。
和田アキ子さんの一目惚れで31歳差という歳の差カップルでした。

旦那さんの年齢もあるので、早く子供が欲しいと願ったという和田アキ子さん。
しかし、悲劇が訪れてしまったのです。
和田アキ子に子供がいない理由は子宮ガンだった
飯塚浩司さんと再婚して1ヶ月後、「子宮ガン」が見つかったのです。
命を守るため、「子宮の全摘出」を余儀なくされてしまったのです。
旦那の飯塚浩司さんが、和田アキ子さんに内緒で「子宮の全摘出」の手術同意書にサインをしてしまう。
子供の頃から欲しかった「あたたかい家庭」を今度こそ手に入れられると思っていた矢先の残酷な現実でした。
子供を望んでいた和田アキ子さんの気持ちを知りながら、勝手な事をしたと旦那を責め立てたそうです。
しかし、旦那さんは愛する妻の命を守りたい気持ちからの決断でした。
二度と子供が産めない体になってしまった和田アキ子さんは、絶望してしまったのです。
事務所の対応がひどい
身体と精神的な苦しみに耐えている中、周囲からの言葉に、さらに傷つけたられたそうです。
事務所からは。「子宮全摘出」した事に対して、『ガンは死に直結する悪いイメージがある。「子宮筋腫」ということで発表をしよう』と言われたというのです。
しかし主治医からは「子宮筋腫」で子宮の全摘出はほとんどありえないので、本当の事を言うべきと事務所との板挟みにあっていたそうです。
周囲の言葉に傷つく
さらに苦しむ和田さんに周囲からは、心無い言葉が飛び交ったと言います。
『男勝りなイメージでタレントをやっているのに、女みたいに子供が産めない事を悩んだり、子宮の手術を受けるなんて』
子供好きを公言していたけど、「子供好きなんて嘘でしょ」と否定されることもあったそうです。
和田アキ子の病気を支えた旦那の夫婦愛がすごい
「死ぬほど子供が好き。どんなことをしても産みたい」そう願い続けてきたから、辛いと涙を流すこともあったそうです。
実の母親に、「代わりに彼の子供を産んで」と真剣に頼んだ事もあるそうです。
「子供が産めないなら死にたい」と泣き叫ぶ日々だったを献身的に支えたのが旦那さんのです。

しかし和田アキ子さんは、
「別れてちょうだい。女としてのあれがないから」
と結婚したばかりの旦那さんに伝えたのでした。
ところが、返ってきた言葉がとても素敵でした。
「子供が欲しいから結婚したんじゃないよ。アコの歌が好きだから結婚した」
「死にたいくらいの気持ちで一緒に生きていけばいいじゃないか」
どん底から救い上げてくれた旦那さんの深い愛情に、徐々に元気を取り戻して行ったそうです。