美人空手家として人気の、清水希容選手。
空手も、様々な流派がありますが清水希容選手は、どの流派で段位はどのくらいなのでしょうか?
また、どこの道場で習い空手家への道をスタートさせたのかも気になります。
今回は清水希容選手の、空手を始めたきっかけなどについて調べてみました。
清水希容の流派はナニ?
空手には、大きく分けて2種類あります。
一つ目が、直接打撃ルールを採用している「フルコンタクト空手」
もう一つが、直接当てずに寸止めする「ノンコンタクト空手」です。
更に「ノンコンタクト空手」には、2種類あります。
相手のある「組手」と、技の完成度で競う「形」の、2種類があります。
この「ノンコンタクト空手」は、2020年東京オリンピックから競技種目となりました。
清水希容選手の流派は、ノンコンタクト空手4大流派の一つ、糸東流です。
糸東流は昭和9年に摩文仁賢和によって開かれました。
特徴は、突き蹴りに加えて、関節技や投げなどを含んでいることです。
そのため、技が多く形の種類もほかの流派より、多いそうです。
清水希容の空手の道場の場所は?
清水希容選手を生んだ空手道場は、一体どこなのでしょうか?
清水希容選手が、通っていた道場は大阪府の「糸東流空手道養秀館」本部です。
その指導をしていたのは、園山晶枝先生です。
小学校3年生からこの道場に通い、形一本に絞って練習をしていたそうです。
その後、インターハイ優勝常連校の、大阪敬愛高等学校の空手部に入部しました。
そこでは、山田ゆかり教頭が指導していました。
小中学校時代に指導していた園山先生が、清水希容選手の強さは体幹と下半身の強さ、ブレ
のなさが強みだと言っています。
練習の成果もさることながら、もともと素質があったのでしょう。
清水希容の現在の段位や始めたきっかけは?
小学校3年生から空手を始めたそうですが、きっかけや強さはどれくらいなのでしょうか?
清水希容選手が空手を始めたきっかけは、お兄さんだそうです。
お兄さんの練習についていった際に、興味を持ち、両親に頼んで始めたそうです。
ご両親は、続くのだろうか…と心配されていたとのことです。
その当時のことをご本人が、NECのインタビューで語っています。
小学生の頃は道場に通って、形を練習するのが好きでした。教えてもらった形を覚えて、その通りにできれば嬉しかったですね。小学生の全国大会があることも知らず、大会に出たことはありませんでした。
とにかく体を動かすのが好きでした。中学生時代は、学校から帰ってすぐに道場という毎日。空手があるので部活には入らず、学校から帰って道場に行く毎日でした。空手以外に何かをするという時間もなくて……、というより、時間があれば空手に打ち込みたかったので、ずっと空手漬けでした。引用元:NECのインタビュー
空手が好きでたまらなかった、という気持ちが伝わります。
お兄さんの練習の見学が、清水希容選手の運命を大きく変えたようですね!
現在まで空手一筋の生活を送っている清水希容選手。
段位は3段だそうです。
初段からがいわゆる黒帯になり、初段、2段でも実力者です。
3段ということは、やはりかなりの実力者のようですね!
ちなみに、空手経験者から言うと、段位だけでは強さは図れないそうです。
段位以上の実力を持っているのかもしれません。
東京オリンピックでの活躍から、目が離せませんね!