スポーツ選手

リーチマイケル怪我から日本代表復帰の理由が感動!仲間の姿に奮起

ラグビー日本代表キャプテンのリーチ・マイケル選手が怪我から復帰した理由が感動的です。

一度、日本代表から退いていた時に、テレビで見る仲間の姿に奮起し再トライを果たしたリーチ・マイケル選手の熱い想いを紹介します。

リーチマイケルの怪我による日本代表辞退の理由

2013年・2015年と2度のW杯に出場したリーチマイケル選手。

2015年にはキャプテンとして日本ラグビーを盛り上げる激戦を繰り広げ、南アフリカに奇跡的な勝利をする快挙を達成したのは、記憶に残っている人も多いですよね。

当時26歳で世界の注目を集めた反面、本人の気持ちは長く続かなかったそうです。

疲れ切った

休む間もなく続いた「トップリーグ」「スーパーラグビー」の日程が、心と体を張り続けついに、限界に達してしまったというのです。

集中力が切れ、5歳から始めたラグビー人生に、やりがいを見失っていたそうです。

気持ちが前を向かない

周囲の期待とは裏腹に、2016年6月のテストマッチを「右手骨折」を理由に辞退し、代表入りへの想いが薄れて行ったのでした。

ジョセフ新体制が発足

リーチマイケル選手の気持ちが低迷する中、2019年W杯へ向けジョセフ体制の元、新生日本代表が動きだしました。

もちろん、スーパーラグビーの強豪チーフスでレギュラーとキャプテンというリーチマイケル選手のチームへの合流を周囲は当然のように求めていました。

返答次第では、今後のラグビー界での立場が危うくなるかもしれない状況です。

しかし、リーチマイケル選手が導いた答えは、「日本代表入りはNO」でした。

怪我と燃え尽き症候群

日本代表入りを拒んだ理由は、怪我だけではなく、精神的なプレッシャーや肉体的な疲労など様々な要因が重なっていたそうです。

中でも、2015年のW杯で全力を出し切ったという達成感による、燃え尽き症候群のような感覚もあったそうです。

焼き肉と同じ。おいしいけど、腹いっぱいになったらそれ以上は食べられない

そして、この先もこのハードな練習をこなし4年後のW杯を目指すには、あまりにも過酷な4年になることもわかっていたと思います。

「あのジャージーを着て中途半端なプレーはできない」

と、2019年のW杯を見据え、代表への思いがあるからこその決断だったのです。

リーチマイケル選手が代表復帰した理由に感動

2016年11月に、日本代表を辞退したリーチマイケル選手。

所属する東芝で合宿を行なっていたある日、合宿地の鹿児島で胸をザワつかせる出来事がありました。

テレビで見る仲間の姿

リーチマイケル選手が、合宿中にスポーツバーを訪れていた時、テレビに欧州遠征にてテストマッチを行っている日本代表選手達が映っていたそうです。

この時、怪我以外の理由で代表の試合を初めて外から見たそうです。

そこに映るのは、堀江選手と田中選手、立川選手でした。

今まで一緒に戦ってきた仲間達が、体を張り挑んでいる姿に、心がざわついたそうです。

戻りたい

この時強く思ったそうです。

リーチマイケル 代表 復帰 理由

2015年のW杯から約1年後に、心に熱く湧いた気持ちが戻ってきたのでした。

再び闘志が燃え上がり、燃え尽き症候群から目覚めたリーチマイケル選手の日本代表復帰への険しい道のりが始まったのです。

一度代表入りを断ってしまった立場はわかっていました。

しかし、指揮官に頭を下げ続け、今の思いを素直に伝え懇願したそうです。

そして、2017年6月に見事日本代表に復帰したのでした。

リーチマイケル選手の実力と、今まで築き上げた信頼と実績と、誠実な姿があったからこその復帰だったと思います。

あの日見た仲間の姿が覚悟を決めた

2019年W杯開幕が半年後に迫った3月、リーチマイケル選手が抱く「覚悟」が垣間見れました。

この時、代表から外れてしまった立川選手と右足首の手術により離脱していた堀江選手へ思いが巡っていました。

今、この2人が代表から離れてしまっているのは、自分が代表を断わり、テレビで見ていたあの時、理をしてでも日本チームの為に体を張っていたから。

リーチマイケル 代表 復帰 理由

きっとその時の影響が、今出ているのかもしれないと考えたそうです。

そう感じた時、自分は自己中心的な「疲れた。気持ちが向かない」という理由で離脱を選択をしてしまったことを悔やんだそうです。

だから、どんなにきつくても、疲れたとは言わない

そう覚悟を決めたそうです。

そして、仲間の為に戦うことを誓ったそうです。

error: