女優・俳優

【まとめ】福山雅治の父親の死因はガン・職業や性格などエピソード紹介!

福山雅治さんの父親は、ガン闘病の末他界されています。

まだ17歳だった福山雅治さんにとっては、辛い別れだったそうです。

ちょっと破天荒で、仕事をせず雀荘に行ったり常に酔っ払っているような父親だったそうです。

今回は福山雅治さんの父親の病気や職業、性格などのエピソードをご紹介します。

福山雅治の父親の死因はガン

福山雅治さんが17歳の高校生の時に、父親がガンで他界しています。

闘病生活は1年ほどで、50代前半という若さだったそうです。

ガンの種類については、公表されていません。

福山雅治の若い頃の高校生の画像まだ福山雅治さんが、歌手やモデルとして芸能界で仕事をする前の頃だったようです。

息子の活躍を見ることは、叶わなかったそうです。

2020年12月8日発売のアルバム曲には、父親の名前の「AKIRA(アキラ)」という曲が収録されています。

福山雅治さんが51歳となり、父親が亡くなった同じ年代になり自分も子供を授かり父親となったことで、改めて実父の死に向かい合ったそうです。

福山雅治の父親の職業は?

福山雅治さんは、長崎県で産まれ両親と1歳上の兄と暮らしていました。

父親が働いている姿を見たことが無く、母親のパートの収入だけで苦しい生活を送っていたそうです。

福山雅治の若い頃の子供の頃の画像一様、父親の仕事は不動産屋をやっていたそうですがお客さんは来なかったとか。

2016年9月22日放送の「徹子の部屋」に出演した際に、父親の職業について話していました。

「宅建取引の免許を持ってたっぽい」と説明。自宅も「〇〇不動産」の看板を掲げていたが、物件情報は貼っているものの自宅兼事務所には誰もおらず、「人が来るのを見たことがない」と当時の様子を明かした。

引用元:ミュージックボイス

父親は、ほとんど昼まで寝ていたそうです。

起きると、雀荘に入り浸るような人でした。

父親は麻雀が大好きで、「雀荘に入り浸っている人で、家に電話がかかってきたら、こう言え。社長はいまいません。これだけを教えられて、そんな家でした」

引用元:ミュージックボイス

父親の職業は、「自宅開業の不動産屋の社長」という肩書きになるようですね。

福山雅治の父親の性格は酒好きだった

福山雅治さんの父親は、博打とお酒が大好きだったそうです。

福山は小学生時代を回想する。「通学していると、向こうからでっかい牛乳瓶を持ってグラングランに酔っぱらって来る危ない人がいるなと思ったら、父親だったんです」とも。

父親は「おい雅治、なんばしよっとか」「ちゃんと勉強してこいよ」と声をかけるも、当時の福山は「この人に言われたくないなと思いながら」とし、「たいがい昼までは寝てるんですよね」と自身の記憶にある父親を語った。

引用元:ミュージックボイス

福山雅治さんが小学生の時から、すでにしっかりした父親ではなかったのですね。

福山雅治の若い頃の子供の頃の画像家族の心配をよそに、父親は常に自分の信念を貫いていたようです。

「好きなことやって生きてきたんだから、いつ死んだって後悔ない」

そう言っていたそうです。

しかし、ガンを患ってからは「死にたくない」と弱気になって行ったというのです。

福山雅治の父親の葬儀の様子

福山雅治さんは、「徹子の部屋」に出演した際に父親の葬儀の様子についても話していました。

「ちょっとヤンチャというか、どっか他のお父さんとちょっと違うやんちゃな感じの父親が好きだったんですよね。どっかで自慢もあったんですよね」

引用元:ミュージックボイス

酔っ払いで仕事をしない父親でも、好きだったそうです。

福山雅治の父親についての画像闘病生活では抗がん剤などで体力がなくなって行き、『死にたくない』と良く言うようになった姿をみて、こんなに弱っちゃうんだなと辛かったと話していました。

残念ながら、亡くなってしまった父親の葬儀は自宅で行われました。

福山雅治の父親についての画像父親と同じヤンチャそうな麻雀仲間達が来て、泣きながら麻雀牌を並べてくれたそうです。

それは『九蓮宝燈(チューレンポートウ)』という難しい役。「それが出たら死ぬと言われているような、なかなか揃うような役満じゃないらしいんですけど、それを泣きながら並べてる人がいて、良い葬式だなって思って、父親の人生はこうやって良い友達のいる人生だったんだなって思って、それは嬉しかったですね」

引用元:ミュージックボイス

この光景を見て、すごく良い葬儀で自分もこんな風にしてもらいたいなと思ったそうです。

福山雅治と父親のエピソード

福山雅治さんが、父親に褒められたエピソードがあります。

この時の言葉が、芸能界で戦っていく時の心の支えてになったそうです。

子供の頃に父親からタバコを買って来るよう、おつかいを頼まれた時のことです。

近くのタバコ屋にはなく、遠くの店まで買いに行ったそうです。

福山雅治の若い頃の子供の頃の画像出典元:ガールズちゃんねる

しかし、帰ると母親から「帰りが遅いけん、心配したやろ」と言われたのです。

それを聞いた父親が、

『いやいや、雅治は俺が頼んだやつを探して遠くまでわざわざ買いに行ったったい。あきらめずに買いに行ったったい。こいつは根性だけはあるんだ』

と言ってくれて、これが褒められた唯一の記憶だそうです。

「根性だけはある」という言葉が、ずっと支えてくれていると話していました。

父親とは家族旅行や遊んだ思い出がないそうですが、大好きだったのが伝わって来ますね。

error: