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萩野公介と瀬戸大也の仲に秘めた涙の友情物語・自転車事故で今も残る右肘の後遺症

自転車

水泳の萩野公介選手が無期限休養から復活を遂げたが、まだ自転車事故の後遺症が右肘に残っている。かつての自分の身体ではないような感覚の中、うまく泳げない苦悩と周囲の期待から来る重圧に心は悲鳴をあげていたそうです。ライバルであり、唯一無二の仲である瀬戸大也との友情秘話と初めて泣き崩れた荻野選手の素顔を調査しました。


萩野公介と瀬戸大也の仲は?自転車事故で右肘に残る後遺症

萩野選手と瀬戸大也ま選手はライバルだけど仲は良いのか?

そんな疑問を感じたので2人の仲を調べていくと萩野選手の「右肘の後遺症」を知らずには語れないことがわかりました。


無期限休養の原因にもなた萩野選手の苦悩と涙を男の友情で支え続けていた瀬戸選手。事故の経緯と2人が切磋琢磨してきた友情秘話をご紹介します。


2015年6月フランスのカネで合宿していた萩野選手。

宿舎からプールまで自転車で移動をしていたこの時、転倒してしまったというのです。


とっさに右手を地面についた際、その衝撃が走り精密検査の結果、右肘を骨折。全治2ヶ月の診断でした。

8月の世界選手権を欠場せざるを得ない状況となったのです。


リハビリをして、翌年の2016年開催「リオデジャネイロ オリンピック」で見事【金メダル】を獲得する快挙を達成するのですが、この時も骨折による違和感があったそうです。


それでも、金メダルを獲得できるくらいですから、右肘の怪我は大丈夫なのかと思っていましたが、オリンピック後に手術を受けていました。


そして、この手術の後から、徐々に萩野選手は体調を崩していき、自己ベストを大きく下回るほど、本来の泳ぎができなくなっていたそうです。


自分の体じゃないみたい

そう感じさせるほど、後遺症に苦しんだのです。

「怪我がなかったらと思う部分もいっぱいありますよ。

自分でネクタイ、結べるのにな』とか。肘を怪我してから、後ろに手が回らないんですよね。そういうことを日常的に思う部分もあります」。

手術の影響で肘の可動域が狭まり、首の後ろまで腕が回らず、ネクタイを自分で結ぶことが難しいという。


このような状態で、腕を大きく回して泳ぐ水泳を、その後も続けてきた萩野選手。

徐々に身体だけでなく、心も病んでいってしまったそうです。


萩野公介はイップスからくる「うつ病」の可能性

2019年3月「モチベーションの低下」から無期限休養を選んだ萩野選手。

原因不明の不明病とされている「イップス」ではないかと言われています。

「イップス」とは自分の思う通りに体が動かせない症状だそうです。

精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレー(動き)や意識が出来なくなる症状のこと

ウィキペディア

今までと違う右肘から肩にかけの違和感。

思っていたタイムより遅れていく現実。

完全には治らない不安。

それでも結果を出さなければならない重圧。


ストレスがかからないわけがありません。

理想と現実とのギャップからうつ病になってしまうことは多々あります。


正式に病状などは公言されていませんが、このような状況から「心のケア」が必要だったのかと思います。


お笑い芸人のネプチューンの名倉潤さんも怪我の手術後から今まで通りの日常生活が送れないストレスからうつ病を発症し、休養されています。


また、フィギュアスケートの浅田真央さん、高橋大輔さんもオリンピックでメダルをとった後、一時は競技から離れ自分と見つめ合う時間を作りました。

そして再び復帰をされたりと、アスリートの特に栄華を極め、周囲から金メダルを期待される立場の人たちには多い苦労なのでしょうね。


自分と向き合う中で、萩野選手は「自分って凄く水泳が好きなんだなと

と再認識できたそうです。


瀬戸大也が明かす萩野公介との男の友情物語

萩野選手を語る上で、欠かせないのがライバルであり親友の瀬戸大也選手です。

追いつけ、追い越せのデットヒートを小学生の頃から繰り広げる2人。

お互いライバルの存在がなかったらここまで成長できていなかったと認め合う仲です。


ここで、切磋琢磨してきた2人のライバル対決をまとめてみます。

萩野公介と瀬戸大也の大会結果比較

(個人的に抜き大しているので、これ以外にも活躍されている大会はあります)

時期 大会名と結果 萩野公介 瀬戸大也
2012年 ロンドン五輪 400メートル個人
銅メダル
出場ならず落ち込んでいたが、
萩野選手の姿を見て立ち直る
2013年 日本選手権 400m個人メドレー優勝
200m個人メドレー優勝
200m自由形優勝
100m背泳ぎ優勝
400m自由形優勝
史上初の五冠達成
400m個人メドレー2位
200m個人メドレー2位
  世界選手権 400m自由形2位
200m個人メドレー2位
200m背泳ぎ5位
400m個人メドレー5位
200m個人メドレー7位
400m個人メドレー優勝
日本人選手初優勝

2014年

アジア大会 200m個人メドレー優勝
200m自由形優勝
400m個人メドレー優勝
800mフリーリレー優勝400m自由形2位
100m背泳ぎ3位
200m背泳ぎ3位
200mバタフライ優勝
800mフリーリレー優勝
400m個人メドレー3位
2015年 世界水泳 自転車事故で右肘を骨折
出場断念
400m個人メドレー優勝
自己ベストを更新
日本人初の2連覇
2016年 リオデジャネイロオリンピック 400m個人メドレー優勝
日本人選手初優勝
800mフリーリレー3位
200m個人メドレー2位
400m個人メドレー3位
800mフリーリレー3位

2016年   右肘の手術  
2017年 世界水泳 200m個人メドレー2位 200mバタフライ3位
400m個人メドレー3位
2017年     結婚
2018年     第一子児女誕生
2018年 パンパシフィック 400m個人メドレー2位
200m個人メドレー3位
200mバタフライ優勝
400m個人メドレー3位
2019年 コナミオープン 自己ベストを17秒も下回り、決勝を棄権 200mバタフライ優勝
400m個人メドレー優勝
2019年 世界水泳 無期限休養で欠場 200m個人メドレー優勝
日本人選手初優勝
200mバタフライ2位
400m個人メドレー優勝
東京五輪内定
2019年 FINAスイミングW杯 休養から復帰
200m個人メドレー3位

400m 個人メドレー優勝

2019年   秋にmiwa さんと結婚
12月出産予定
子供の2人目以降は東京オリンピック後までお預けの予定

萩野選手が東京オリンピックへの出場を獲得するためには、2020年4月の第96回日本選手権での成績にかかっています。


デットヒートを繰り広げてきた良きライバルについて、瀬戸選手が友情秘話を語っていました。

萩野公介と瀬戸大也は正反対な性格

瀬戸大也選手にとって、萩野公介選手は、ライバルであり、友人であり、戦友とあると語っています。

バチバチやりあうのではなく、理解しあい、尊重しあい、高めあえる存在

それが萩野選手だそうです。


「公介とは、日本での試合の時はふたりでの勝負になりますが、海外で世界と戦う時は本当に戦友みたいなんです。

公介がいると落ちついてレースができるし、リラックスできる。不思議なんですが一緒にいるとすごく安心して戦えるんです」


瀬戸選手は明るい性格で「感覚派
萩野選手は冷静沈着で「理詰派

と正反対のタイプ同士だそうです。


練習の前日は瀬戸選手は「練習をがんばるため」という口実で夜に遠くても、好きなものを食べに行って元気になるタイプ。


一方、萩野選手は食事は近場で済ませ明日の練習のために体を休めることを何よりも優先させるタイプだと言っています。


萩野公介と瀬戸大也の出会いは小学生

小3の夏の全国大会で出会った2人。

「天才スイマー」と言われていた萩野選手に瀬戸選手は全然勝てなかったそうです。

初めて萩野に勝てたのは、出会ってから5年後の中学2年の時の「400m個人メドレー」


「公介は初めて同年齢の選手に負けたので相当悔しかったと思いますね。でも、当時からガチガチにやりあう感じはなかったですし、公介も『話しかけてくるな』みたいな感じはなかった。

正直、いつからお互いをライバルとしてとらえ、付き合うようになったのか覚えていないですけど、お互いの感じはその当時からほとんど変わらないですね」


萩野公介へ抱いた瀬戸大也の嫉妬

高校生になると、2人はトップスイマーとしてメディアからの取材を良く受けるようになりました。

常に「ライバル関係」が話題になり、

「ふたりで一緒にロンドンオリンピックに行こう」

と約束したそうです。しかし、選考会で瀬戸選手が3位という結果に、萩野選手だけがロンドンオリンピックに行くこととなりました。

3位でも十分すごいのですが、目標としていた五輪に手が届かず、挫折感を味わった瀬戸選手は、少しふさぎ込んでしまっていたそうです。

萩野選手は当時、高校生でしたが世界を相手に400m個人メドレーで絶対王者のマイケル・フェルプスに競り勝ち、男子個人メドレー種目で日本人初となる銅メダルを獲得する快挙をやってのけたのです。


日本中が歓喜に沸く中、その様子をテレビで見ていた瀬戸選手は、萩野選手がどこか違う遠い世界に行ってしまったような寂しさと自分が出場できなかった悔しさとで素直に喜べなかったそうです。


萩野公介を追い越す決心をした瀬戸大也

“公介には負けない”

マイナスな言葉を発してしまう日も多かったというほど、どん底に落ちてしまっていた瀬戸選手ですが、ライバル萩野選手のオリンピックでの勇姿に、もう一度頑張ってみようと立ち直ったそうです。


今まで以上に努力をして2013年の世界水泳選手権では400m個人メドレーで優勝(萩野選手は5位)とロンドン五輪の悔しさを見事に晴らしたのです。


「ふたりで国内はもちろん世界でも争って、決勝にいくと『さぁどっちが勝つんだ』っていう勝負ができる。

それが最高に楽しいんですよ。そこで公介に勝つと本当に胸を張って喜べるんです」


萩野公介の重圧と期待を瀬戸大也も味わう

ロンドンオリンピック以降、さらに良きライバルとして切磋琢磨してきた2人。2015年の世界水泳選手権では「ここで真のチャンピオンを決めよう」と誓い合ってトレーニングに挑んでいたそうです。


しかし、その直前萩野選手が自転車事故で右肘を骨折し、世界選手権は欠場することとなりました。

瀬戸選手は無念に思っているであろう親友を思い、「萩野選手の分まで頑張る」と鼓舞して世界にひとり挑んで行きました。


そして、今まで体験したことがないほどの重圧に押しつぶされそうになったというのです。

こんな重圧を、萩野選手はロンドンオリンピックで感じていたのだろうか。

メダルへの期待のプレッシャーはこんなにも重いのかと精神的にきつかったそうです。

「公介がいない中、金メダルを獲らないといけないという重圧はすごかった。

ふたりで出場していると公介との勝負を楽しめば自然と金メダルに手が届くと思っているので、メダルとか特に意識しないんですよ。

でも、ひとりだとすべて自分にかかってくるんで……キツかったですね。

それに、ここで自分が勝ったとしても公介がいないんで真のチャンピオンとは言えない。

やっぱり世界で公介に勝ってこそ、そのメダルに価値がある。だから本当の勝負は翌年のリオ五輪になるなって思っていました」


400m個人メドレーで自己ベストを更新しての金メダルを獲得する孤独な戦いを制した瀬戸選手。重圧を跳ね返し、2大会連続での金メダル快挙を達成しました。

そして、さらに戦友 萩野選手へのリスペクトと同じトップにしかわからない重圧を共感したのでした。


萩野公介と瀬戸大也 リオ五輪で決着

2017年リオデジャネイロ オリンピックでようやく2人の真の対決が実現しました。右肘を痛めながらのハンデを持っていた萩野選手でしたが、結果は400m個人メドレーで萩野選手が金メダル、瀬戸選手は銅メダルでした。


日本人のダブル表彰台と金メダル獲得に湧き上がりましたが、2人の心は安堵と称え合う気持ちと、瀬戸選手はまだ追い越せないのかという悔しさとが織り混ざっていたことでしょう。

しかし、同じ世界の舞台で戦える喜びも噛み締めていたと思います。


萩野公介の涙を見た瀬戸大也

萩野選手は右肘を手術しリハビリをしながらの調整に万全ではないコンディションだった。

そのため2017年の世界水泳選手権では400m個人メドレーではなく、距離の短い200m個人メドレーで金メダルを獲ることを目標としていたそうです。


しかし、結果は銀メダルに終わり萩野選手の落胆ぶりは、周囲が見てもとても痛ましくと感じるほどで、それは瀬戸選手も同じだったそうです。


同じチームとして800mリレーの試合前に瀬戸選手はとても思いつめたような表情のいつもと様子が違う萩野選手を見たといいます。

「チームのキャプテンだし、自分が盛り上げていかないといけないのに結果が出ていない。責任を感じ、このレースは自分が、という思いがすごく強かったと思う」


リレーの第1泳者は萩野選手。

瀬戸選手は大きな声で応援したそですが、萩野選手のタイムは伸びず、失速のす末6位で第2泳者へバトンタッチをしたそうです。

そして日本チームは5位でゴールを迎え、期待されたメダルは獲得できませんでした。


レース後、チームには重苦しい雰囲気だったそうです。

自分を責め顔を歪ませている萩野選手へ、瀬戸選手は声をかけたそうです。


公介、どうした。こういう時こそ笑えよ。元気出せよ


しかし瞬間、萩野選手はうつむき、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、崩れるように四つん這いになり、号泣しだしたそうです。


「ビックリしました。公介があんなふうに人前で泣いたのは初めてだったんで……。

涙を見て、自分も泣きそうになりました。それだけつらかったんだと思います。

康介(北島)さんが引退して金メダリストの公介は大きな期待を背負い、自分が前の世界選手権で感じたメダルを獲らないといけない重圧の中で戦っていた。

でも、思うような結果が出ない。今まで溜めていたものが一気に出たんだと思います」


萩野公介の涙で変わった瀬戸大也との関係

今まで、お互いに涙を見せることなどなかった2人。

ケンカも言いあいも一度もしたことがないそうです。

近すぎず遠すぎずの絶妙なバランスの距離感を作ってきて、それがとても心地よかったそう。


しかし、初めて萩野選手がこらえきれず「自分の弱い姿」を見せた時、瀬戸選手には変化があったといいます。


「あの涙は、公介にとってすごく良かったんじゃないかなと思います。

それまで人に弱みを見せず、自分の中にすべてを溜めて戦ってきたけど、あの涙でもういいや、弱みもすべてさらけ出していいやってフッ切れたと思うんです。

同時に公介の感情をみんなが受け入れて、よりみんなとの信頼関係が深まった。自分もうれしかったですね。

ライバルの自分の前で弱い姿を見せるのは自分のことを信頼してくれているからだと思うんです。

信頼してくれているからこそ安心感が出てくるんだとそのとき思ったし、そういう公介がますます好きになりました」


萩野選手の涙のあと、特にふたりで話たりはしなかったそうです。

しかし、瀬戸選手は萩野選手を今まで以上に理解できたし、萩野選手も涙で伝えられたのだと思います。

萩野公介と瀬戸大也の絆がさらに深まった出来事だったそうです。


萩野公介と瀬戸大也との友情まとめ

プライベートでも仲が良いという2人。

瀬戸選手と萩野選手、メジャーリーガーの大谷翔平選手の3人で食事をした時も、瀬戸さんのプロポーズ大作戦を一緒に練ったそうです。


萩野選手が無期限休養をしている時も、「とりあえず飯行こう」と声をかけていたそうです。


そして、萩野選手の結婚報告に、心から喜んでいた瀬戸選手。

「これでまた公介もスイッチが入るんじゃないですか」

「東京五輪でまさかパパ同士の対決になるとは思わなかったので、凄くうれしいです。これからも水泳以外の話もできると思う。まずはパパ、負けないように頑張りたい」

と笑顔で祝福していたそうです。


全くタイプの異なる2人だからこそ、真面目で悩みすぎてしまう萩野選手に対し、瀬戸選手の明るさとフットワークの軽さが、潤滑油となっているのかなと思います。


これからも戦友として世界へ挑み続ける2人は今後は、親バカトークでもさらに盛り上がりそうですよね。

萩野選手の復活を誰よりも待っていたのは瀬戸選手かと思います。

リオのリベンジを果たすまで、萩野選手の引退など許せるはずがありません。


そして2人の東京オリンピックでのライバル対決を世界中が楽しみにしているのだと思います。


後遺症に苦しみながらも、再び前に進もうとしている萩野選手と笑顔で支え続ける瀬戸選手の友情物語はまだまだ続いていって欲しいですね。


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